アドリーナは海の底で。

なんでもあり と なんにもいらない は よく似てる

お久しぶりです。

ご無沙汰してしまいましたが、私はとりあえず元気でおります。

この一か月の間に、米朝会談決裂して制裁継続になったり、イギリスのブレグジットが決まらなくてメイさんが6月まで期間延長しようとしたら「短すぎね?」ってEUで長期延長の意見が出たけど毛糸洗いのマクロン大統領が反対して10月までの半年延期になったり、平成の次が「令和」だって発表されたり、今後お札が新しくなって一万円を「諭吉」って呼べなくなるって発表されたりとかあったんですけど。


私の方はですね、かかりつけの動物病院様よりニャーたんのための弔花をいただきまして、
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メッセージカード(病院名と地名書いてあったんで撮影用に外しましたが)に「ニャーちゃんのご冥福をお祈りいたします」って書いてあって大変癒されましてですね。(そう、私のニャーたんはホントにニャーって名前なんです。母はミーちゃんって呼ぶけど)
私、実はずっと、花なんて綺麗なだけで食えやしねえって思ってたんですけど、
弔いやお見舞いの花は癒されるなあと、考えを改めました。


ニャーたんがいなくなってから、その事をしばらく考えないようにしていたんですよ。泣いて暮らしたくなかったから。
昔、私が精神的に追い詰められて夜に泣いたことがあったんですけど。
私、声をあげて泣いたことって(子供の頃から数えても)記憶にないんですけど、その時はね、泣けてきて、試しに声をあげて泣いたらワンチャン吹っ切れるかもしれないくらいの気持ちでわんわん泣いたんですよ。
したら、ニャーたんが、めっちゃ私の周りをウロウロ(っていうかオロオロ?)しだして、「ああ、この子は私の様子がおかしいって気づいてくれて、心配してくれてるんだ」ってめっちゃ癒されたことがあるんですよ。
死後の世界があるのかは知らないけど、もし魂があって、私がいつまでも泣いてたら、あの子優しいから私の傍を離れられないじゃないですか。
だから早く「良い子だったね」とか「可愛かったね」とか笑って言えるようになりたかったわけですよ。
(実はまだちょっとその境地まではイケてないんですけど)


で、ニャーたんが死んじゃった時に、それを引きずらない為に、次の日、葬儀に行く前にもう猫砂は処分して、トイレも片付けて燃えないゴミの日に捨てられるようにまとめて、キャットフードは妹にあげるために紙袋に入れて、カーペットも綺麗に掃除して消臭剤とかもきっちりやってしまいました。
まあ、それはあの子の遺体がまだそこにあったから思い切れたんだけど、葬儀の後の喪失感がハンパなくて。
猫トイレを捨てるのに1週間かかりました。
トイレ掃除をしなくていいってのが結構ダメージあった。うちはトイレに流さない砂を使っていて1日1~2回掃除をしてました。健康状態を見る為にいつもトイレを見る癖がついていたのでつい見ちゃうんですよ。でもそこには何もないの。

あんまり寂しいので、妹がUFOキャッチャーで昔集めてたTHE DOGのぬいぐるみを引っ張り出してきて、一番手触りが似てる子と可愛い子2匹を常に目の前においてましたw
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ゴールデンレトリバーのレトっていいますw
でもこの子たちはすぐに卒業できたかなあ。
やっぱりあの子じゃないから。
理不尽なんだけど、あの子じゃないって思っちゃって、かわいく思えなくなっちゃって。でも「ただいま」と言わなくていい部屋に帰ってくるのに慣れる役には立ったかな。2・3日くらいだったけど。


ニャーたんの痕跡がほとんどない部屋で、ニャーたんの世話をしない日常に慣れ始めた、2週間くらいかな?経った頃に、ようやく病院に余った点滴や針のセットを返しに行くことにしました。(針とかチューブとかは医療廃棄物になるので勝手に捨てると不法投棄になるそうです)
事前に電話で報告してから伺いました。
大分、心の整理がついたつもりだったんだけど、看護師の方にお礼を言ってる間に思い出しちゃってやっぱり泣いてしまって、取り繕って帰ってきたんですけど。
そしたらその次の日かな?
お花が届きまして。
大変癒された次第です。

私にはニャーたんの写真や勿論位牌も何もなかったので、それからしばらくはお花に手を合わせてましたね。
お花に「ただいま」って言ってました。
それくらいは出来るようになったかな。

で、そろそろあの子がいない事を意識的に考えない努力をしなくてもよくなってきて、ついうっかり、隣で寝てるはずのニャーさんを見ようと振り返るって事をやらかしてしまうようになった頃に、母にニャーたんの写真立てを貰いました。
横顔なんですけど、お行儀よく座ってとても可愛いです。
まだあんまり痩せてない頃の写真です。
ニャーたんはカメラを向けると不思議そうな顔をするので、こっちを見てる写真は普通の猫の写真にしかみえないんですよ。
私の顔を見て「ニャー」ってなくニャーたんは本当にかわいかったのですが、それは写真には撮れなかった。
なので、横顔の写真を貰いました。


その写真の破壊力がハンパないw
やっぱり写真見るとダメですね。
3週間もたったので大分落ち着いたかと思ったけど、まだだめだった。
特に夜がダメだわ。
初日なんか辛すぎて申し訳ないけど写真立て倒したもん。辛すぎて。
今5日目くらいかな?
流石にもう倒してはいないけど、まだ夜は辛めです。
笑顔で写真を見る練習をしているところです。


とか言って、こんなことを書いていると実はもうヤバいんですけどw
後々また思い出す日の為に、こうして書き残しておきます。
他にももっと考えたことがあったんだけど、それはまた別のお話。



人生いろいろあるけど、弱気な私の人生の谷ってこの程度w
もっとつらい思いをした人は沢山いるんだろうけど、これは私には大きな出来事です。
そして、正直、私はニャーたんに逃げてたな~って思う事もありました。
「動かなきゃ、何も始まらない」って、今はメモだけしておきます。
勇気が出るように。

昔、私は未来の自分に向けて「大丈夫」って言葉を送ったけど、今はこれね。
「動かなきゃ、何も始まらない」
何もしてないのに辛い・怖いのはおかしいんだよ。
辛い怖いことは何かした後に起こるんだから、何もしない前からそれを心配するのは時間の無駄。
昔も同じようなことを考えてたけど、今は別な気持ちで重みを持って言えますね。

って言っても、実はまだ何にも動けてないんだけどね。
「勇気ってどうやって生まれてくるんだろう」とか考えちゃって
でも「そんなもん要らねえ! 要は勢いだぜ!」とも思っちゃって
でもでも、って
気持ちがユラユラしています。
ダメだな。


勇気が出ない時はニャーたんを思い出します。
年を取って足が弱くなって、階段を上るのがしんどくなって、昔のようにトトトトッとはもう登れない。
階段を上る前にちょっと躊躇して見上げるんだけど、その後に下を見て、また意を決したように見上げて、のしのし階段を踏みしめながら上がってくるときの顔。
いつもの部屋に私と一緒に戻るために、私の膝の上で撫でられる為に。
階段の中ほどで一休みして、もう一回上ってくる。
上り終わった後にまた廊下で一休みするニャーたん。
でも私が「おいで」と呼ぶと、「にゃ」とないて、また立ち上がって歩いてくる。


頑張ったことを褒めてあげて、抱っこして撫でてあげて、体をマッサージしてあげます。


毎朝気温が下がる頃に、朝の定期散歩を終えて私の部屋に戻ってくると、枕元に上がり、布団の中に入れてくれと要求されました。
仕方ないので入れてあげて、腕枕をすると、ニャーたんはいつもじーっと私の顔を見ます。とても目がキラキラしてる。
頭を撫でてあげるとゴロゴロと嬉しそうな顔をします。
あの子が私の顔をじーっと見るのは、私がよくニャーたんの顔をじーっと見ていたからでした。

なんか20年も生きてると人間の子みたい。

頑張り屋さんだったニャーたん。
優しい子だったニャーたん。
大好きなニャーたん。
おやすみなさい。
私は大丈夫。大丈夫、やれるさ。

何を?って
まだ決めてないんだけどね





最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
私のこのメモが、アナタの役に立てば幸いです。